「言葉を残そう」

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芯を食った質問。

芸能界のごたつきが止まりません。
私個人の生活にはなにひとつ影響がないので困りはしませんが、2世タレントの起こした事件は直接の被害者も出ていますし、家族や仕事の関係者への影響も二次被害と考えるととんでもない事になるようです。7年とニュースで出ていましたが、10年でも20年でも実刑食らって大人しくしておいてほしいと思います。私の娘が大きくなって人の顔や名前を覚える頃には完全に消えている人だと思うでの、名前を記すことはしません。擁護目的で名前を伏せたわけではわけではありませんので悪しからず。




今回の記事タイトルの意味はと申しますと、先日見たテレビ番組「ワイドナショー」での一幕。
領海侵犯を繰り返す中国船籍に対する日本の対応、というテーマの時にやりとりされた松本さんとピーコさんの会話にヒヤッとしたのは私だけでしょうか。
細かな言葉遣いは覚えていないのですが、何がなんでも戦争反対の姿勢を取るピーコさんに対し、日本に強気の姿勢を求めていつになく怖い口調の松本さんが、尋ねます。


「でもピーコさんだって、おすぎさんがボコスカボコスカ殴ってきたら、一回くらいやり返すでしょ?」


これに対しピーコさんは一瞬押し黙ったのち、


「それと戦争とは関係ないでしょう」


と返します。松本さんが笑って


「はい!」


と答えたのでそのやりとりは終わったのですが、私はその時こう思いました。
ああ、これぞ今の日本人が考えるべき戦争というテーマのキーワードになるな、と。
もし松本さんが、「いや同じでしょ」と答えていたら、その先の会話はどうなっていたのだろう。


「いや同じでしょ。国が亡ぶまでじーっと我慢して、もうアカンと。もう無理やと。一回ちゃんと自己防衛とか言葉はなんでもええけど、やり返さんと好きにされまくってほんまに日本終わってまう、と立ち上がった時には、アレ? もう自衛隊なくなってるやん。船も武器も全部壊されてもーてるやん。ってなったらどうするんですか? そうなる前に一度でも意思表示というか、日本も戦争したくはないけど好き勝手にやられるだけやないでー!っちゅーとこ見せなあかん時来るでしょう」


と松本さんが仰っていたとしたら…。言葉の持つ説得力や彼自身の影響力を考えると、ゾッとします。
今後もし大きな戦争が起こって日本もそこに参戦するとなった場合、恐らく理由はそういった所にあるんじゃないかなと思ったのです。
誰だって戦争はしたくないし、「仕方ない。やろう、戦争!」という判断はこの先誰も下さないと思います。日本人は誰もこの言葉を言わないと思います。しかし、自衛・防衛に関しては積極的に行うべきという言葉を言い出す日本人はこれからどんどん増えていくだろうし、その手段も、政府間で遺憾の意を示すレベルでは通用せんだろうという意見に国民が流れていくのではないかと思えてなりません。
戦争はしない。しかし防衛の為の武力は必要。
そこに内包される矛盾は誰がバランスを取るのか。誰が線引きをするのか。国民なのか、政治家なのか。その答えは皆さんの中にありますか?
既にネットの中では毅然とした「態度」ではなく「対応」を望む声も多く出ています。
やがてそれが国民の意志として取り上げられ、拡散し、拡大し、日本国土全体の空気が、


「もうちょっとちゃんとした対応を示したほうがいいんじゃないのか」
「やられたらちゃんと応じないともっとやられるんじゃないの?」


そういう色に染まって行くような気がします。
ただそこから、国対国の戦争に突入するまでの距離は、平和な国民が思っているよりずっと短いんだという事も、国はきちんとした言葉で発信していくべきだと思います。



自己防衛の為にたった一回やり返した武力が、どれほどの倍数で帰ってくるのか。それはその時になってみないと分かりません。そして武力という言葉には色んな意味が含まれていて、ミサイルを撃ち込むことだけが武力じゃない事も考えないといけない。そしてその時の日本の被害を想像せず、「ムカツクなー」「どこまで弱腰なんだよ」「いっちょやったるか」というフラストレーションを引き金にしてポップコーンのように弾けてもらいたくはないと願っています。日本側の外交はある意味では弱腰だけれど、とても忍耐強いとも思います。簡単にキレたりしない。簡単に挑発に乗ったりしない。同じ言葉の繰り返しかもしれないけれど、決して考えなしに発っしているわけではないと思うのです。
もしかしたらこれまで何度も現場で大暴れしてブチ切れる寸前になるような事案があったかもしれません。国民が知らされていないだけで。
泣いて、悔しがって、血を流して、耐えて耐えて、堪えて堪えて、地団太踏みながら戦争を未然に防いだ、なんて事があったのかもしれませんよね。
そういった事まで考えると、相手がこう出て来た、ならこちらもうこうやり返そう、という簡単な計算式で出せる答えなどに賛同するべきではないと思えてきます。
一人一人が考えて、一番最初に目についた、いかにもそれっぽい意見に乗っかるのではなく、誰かに対してきちんと自分の言葉で伝えられるようになるまで考えて、答えを出すべきだと思います。
戦争スタートボタンを誰もが持っていると仮定して考えることが、誰もが発言できるこの世の中では大事じゃないかなと、番組を見ながら思ったわけです。