連載第一回。「はじめに」
夕焼けに染まる街を歩いていて、ふと心細さを感じて辺りを観察した事は誰にだってあると思う。
ならばそこで感じる、他人の家の夕ご飯の匂いだったり、低空を飛ぶカラスの泣き声だったり、疲れた顔を俯かせて歩く大人達だったり、自分の世界を形作るそれら小さなパーツに対して、遠すぎる隔たりを感じた事は、あるだろうか。
あるいは人気の絶えた夏の夜の畦道で。
あるいは人の多さに眉を顰めながら逆らうように彷徨った都会の繁華街で。
私は今、ここにいる。だけどここにはいない。そんな感情。
伊澄翔太郎という人の事を考える時、いつも思う事。
それは、彼が私にとって唯一の現実だという事だ。
大病を経験し、ベッドの上で自分の生き様を考える日々の中で、彼の存在だけが唯一自分の人生に触れる事の出来る扉なのだと感じていた。
彼が生きている限り、私もこの世界に生きている。
その事だけが、たった一つ私自身が理解する真実だった。
この先何年生きるのか、これまで生きた来た人生に意味はあったのか。
何も確かな答えは出せないけれど、今彼が大切だと思う心。
彼に感謝する気持ち。
彼が存在する限り、私もこの地上で息を吸い、吐き続けるのだという誓いを胸に、私は今日も生きている。
時枝可奈という女性の雑誌記者と出会った事が、この物語を書き連ねるきっかけとなった。以前私は彼女からインタビューを受けて、自分の半生をなぞる「たとえばなし」という書籍を出版していただいた。
自分で言うのもおこがましいが、良い本だと思う。
内容がどうこうというより、主人公が私と伊澄翔太郎だからだ。
それだけで賞賛に値する。
冗談はさておき、この度私関誠自身の手で新たな本を出版する機会を戴いた。
この原稿を書いている時点でどうなるかは分からないが、出来る事なら時枝可奈の書いた本をぶっ潰す勢いで、更に濃度を上げた内容を書いてみたいと思う。
今これを読んでいるあなたに感謝を。
私を生んでくれた両親に感謝を。
出会いに感謝を。
愛するあなたに。