色褪せない映画、色褪せない人。

本当に久しぶりに、放映される事を知ってからずっと楽しみにしていた「東京フィスト」をWOWOWで見ました。
ずっとずっと見たかったのでとても嬉しいです。というのも、セルビデオを所有しているのですが、デッキが壊れて以来ずっと見れておらず、DVDも持っていないので今回見返したのは15年ぶりくらいになるかもしれません。WOWOWさんありがとう。



長らく塚本晋也監督のファンです。長らくと言っても偶然出会ったこの「東京フィスト」が初めて触れた塚本ワールドで、そこから「鉄男」に遡ったので、20年は経っていません。いや、制作が1995年で、そこからレンタルビデオになるまでに1年程だとして、96年。丁度20年程になりますね。しかし、ファンと言いながらも特に足しげく映画館に通った記憶はありませんし、まだ「野火」も見ていません。あ、これ全然ファンじゃないですね。
そもそも映画好きと言うわりに映画館で見ることをしないのには幾つか理由がありまして、単純に今は腰が悪いので同じ姿勢で2時間留まれない。そして一番の理由はこれは昔からですが、映画というものは個人的にその世界に没入して現実逃避出来る数少ない手段の一つだと思っています。本と音楽と映画がそうです。本は言わずもがなですが、映画と音楽も出来れば一人で、自分だけの世界に浸りきりたい。あまり他人と時間を共有したくない。好きな音楽を聴くときは一人で聴きたいし、好きな映画は一人で見たいタイプなので、映画館というスペースが好きではありません。大きなスクリーンで見る事や大きな音で聴く事の迫力にそこまで大切な要因を感じません。気が散る方がよっぽど嫌です。ただ例外として音楽におけるライブというものは別です。ライブは、ライブでしか味わえない臨場感と一発勝負の刹那感がありますし、周囲と気持ちが「共有できるなら」ライブには絶対行くべきです。しかしすべてのバンド、すべてのアーティストにおいてライブが一番だとまでは思えないので、そこは好きな物に一人で没入したがる個人的な好みの問題が根深いと言えます。




話が大きくそれました。
塚本晋也監督のファンかファンじゃないか。
周囲がどう思おうが、好きなのでファンです、という事にしておきましょうね。
ちなみに「東京フィスト」のビデオ以外に、「鉄男」「鉄男Ⅱ」「六月の蛇」「ヴィタール」「悪夢探偵」「悪夢探偵2」「バレット・バレエ」「玉虫〜female〜 Jewel Beetle〜female〜」(オムニバス)のDVDを持っています。
海獣シアター好きが高じて、元海獣シアターで現「劇団 オルガンヴィトー」主催の藤原京さん(今は不二稿京さん?)の作った「オルガン」という映画のDVDも持っています。
あ、やっぱりファンだな、これはな。
そしてその根底には、「東京フィスト」の存在があるわけです。




一言、ただただ完璧に面白い。
唯一、今見ると画質が荒い、その一点以外は文句の付けどころが無いほどに完成された映画だと思います。
塚本ワールドを好きな人にしか理解してもらえない可能性はありますが、映画好きの人は一度見て損はないと思います。世の中にこんな面白い映画があったのか、と嬉しくなるはずです。
万人が腑に落ちる分かり易いストーリーでも、息をのむ美しさがあるわけでも、涙が止まらない感動があるわけでもないのですが、嵌ったら凄いです。これまで好きだーなと思ってきた映画たちをスパーンと超えていく可能性を秘めていると思います。あくまで万人が受け入れるか分からないだけで、息をのむ美しさと「感動」は確実にそこに存在します。




そもそもが、塚本晋也監督作品が普通の映画ではない、という事実。
その特異な映像と、制作にかける執念と拘りは、「鉄男」を見た事のある人ならば誰もが納得する所だと思います。
そんな塚本監督が95年に制作した、現代社会における肉体の痛みと愛情の形をテーマに、「ボクシング」を使って表現した今作が普通の映画なわけがありません。
是非一度ご覧になってほしいので、あらすじは書きません。
しかし今からベタ褒めしていく中で気になるシーンや大好きなセリフを散りばめて行きます。その結果この記事を見た方の中で一人でも「見てみたいな」と思ってもらえたら感無量です。




前提として、おそらくですが、塚本監督は「人と違った特殊なことをやってやろう」という奇をてらった事が好きな人ではないと思います。ごくごくスマートな常識人だと私は思っています。なので、奇想天外奇天烈摩訶不思議な映画を撮る監督だと思われている節がありますが、全然そんな事はありませんし、理解不能な映画などひとつもありません。ただ、監督の頭の中にある画を表現すると、誰も見た事のない映像になる、という事であり、表現の仕方が他人とは違う、ということなのだと思います。
男がパンチを繰り出し、主人公が顔面にそれを受けるシーンがあります。
男はボクサーで、素人の顔面をむやみに殴ったりするととんでもない事になりますよね。凶器ですから、ボクサーの拳は。
嫉妬に狂った主人公が、ボクサーのアパートに訪れ、殴ろうとするも逆に殴り返されるというこのシーン。今作における一番衝撃的なシーンなのですが、言葉にするとただこれだけなのです。
ただ、殴ろうとして殴られる。
それだけを表現するシーンが、最もインパクトのある映像になるのは、やはり他人とは違った表現のみで構築された独創性の塊だからこそだ、というのが存分に堪能できます。初見、絶対巻き戻して2度、3度見返してしまいます。今回何度目かは分かりませんが久しぶりに見た私でも、3度巻き戻ししました。なんであんなに興奮するのかなー、と不思議にも思います。
見た方は分かりますよね。あのシーンです。体の前で腕をクロスさせ、蒸気した体に途方もないエネルギーを滾らせながら、獣のような唸り声を上げてうごめくあのシーン!
「んんんんんん、ああああ、あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
その姿を凝視して逸らせない、両目を見開いた藤井かほりさんの美しさときたら。




初期の塚本監督作品にはあまり有名どころの女優さんが出てこないのですが、TOKYOフィストで主演を張った藤井かほりさんの存在が、この映画の魅力を何倍にも膨らませていると個人的には思っています。もともとファッションモデルとしてデビューし、80年代からご活躍されていますが、この時点でも失礼ながら「演技派女優」という貫禄ではありません。芝居が上手い女優さんというより、存在感の凄い女優さんです。そして何より美しい。本当に美しい。ほんっとうに美しい。
これだけ荒い画質の映像においてあれだけ綺麗なのだから、実物は目が潰れる程輝いていたと思います。
目が大きくて色白で背が高くてスラリと細くて手足が長い。
白いワンピースを着て、包丁を握って男を睨み付ける立ち姿が今も目に焼き付いて離れません。
数年後、「HAZE」という作品で監督作品に再度起用されているので、おそらく塚本監督自身惚れ込んだのではないでしょうか。
海獣シアターでスタッフ兼女優という形で何度か出演している藤原京さん、叶岡伸さん以外で、塚本作品の主演を2度務めた女優さんは藤井かほりさんだけだと思います。
(「Cocco 歌のお散歩」と「KOTOKO」にて二度Coccoさんと共演されていますが、これは監督の企画か、監督の作品かという意味ではまた別物だと私は判断します)
ただそこに立っているだけで様になり完成されているのですが、そこへタトゥー、ピアス、皮膚に金属の棒を通すボディピアシングなどさんざん「無意味で強烈な痛み」を施されていきます。
人を殴る痛み、殴られる痛み、心を傷つける痛み、心を傷つけられる痛み、嫉妬、後悔、大切な人の死、さまざまな人間の痛みをあらゆる角度から映し出していく映像と表現方法を形にするには、やっぱり、藤井かほりさんという圧倒的に美しいキャンバスがあってこそなのだと確信します。
この映画が製作された1995年から20年以上経ちますが、この20年の間でもしリメイクするとしたら藤井かほりさん以外にこの役をやれた女優さんが他にいただろうか、と考えた時に気づいたのです。
本当にいないかもしれない。
とても近い存在感や美しさを持つ女優さんはいます。
例えば緒川たまきさん。大好きな女優さんですし、透明感や立ち居振る舞いも素敵なのですが、「東京フィスト」には嵌らない。少し、柔らかすぎるイメージがあります。
例えば中村優子さん。実際塚本監督作品にも近年御出演され、アンドロイド役で素晴らしい美しさを見せて頂いたのですが、その作品の影響もあって儚さが勝ってしまい、やはり「東京フィスト」には嵌らない。
例えばモデル出身で女優をされている方なら近いのかと名前を列挙していく事は可能ですが、おそらく片っ端から否定していく事になり失礼極まりないので、これ以上はやめておきます。
そのぐらい、唯一無二の存在感とスペシャルな魅力を持つ人であり、この映画に無くてはならない女優さんが、藤井かほりさんなのです。
「どーもありがとー。私の体は、あなたのお尻ね」という迷言も素敵です。




今作は主役が3人います。
サラリーマン役の塚本晋也監督。
その恋人役の藤井かほりさん。
そしてその2人の中に割って入るボクサー役に、塚本監督の実の弟、塚本耕司さん。
塚本作品以外ではあまりお見掛けしない方なのですが、正直、この「東京フィスト」で俳優エネルギー全部使い切っちゃったんじゃないかと思うくらい、強烈にパワフルで、強烈に怖い、そして強烈に格好いいのです。役柄的には、監督と藤井かほりさんの間に割って入って2人の恋仲を邪魔する男なので、見ているこちらからすると「なんだよこいつ、あっちいけよ」という印象を持つのですが、見れば見るほどこのボクサー、何故か放っておけない人間味溢れる可愛さや、男のちんけなプライドやどうしようもない弱さが随所で垣間見れて、最後にはきっと好きになります。この辺の、人を描く上での正直さと巧さにはやはり監督らしさが滲み出ています。単純に、弟に良い役あげたな〜という微笑ましさもあります。なんだったら中盤は、塚本監督演じるサラリーマンの方が、ちっぽけで馬鹿で自己抑制の効かないアホンダラなのでイライラします。「セックスしてんじゃねーよ〜。そこの2人〜。セックスしてんじゃねーよ〜」は確実に名言ですけどね。どっかで言うチャンスないかなーと思ってしまうくらい、耳に残ります。実際は絶対使えないセリフなのですが。



そうそう、ボクシング。監督がスポーツをテーマに映画を撮ったのは、これまで作品化している映画では唯一だと思います。ヴィタールにおける創作ダンスがスポーツかと言われれば、自己表現、アートだと思いますし。ただボクシングが「テーマ」かと言わればそれもよく分かりません。「鉄男」と同じく〈都市と肉体〉がテーマなのだとすると、痛みを表現する上での「手段」だとも言えます。しかし単なる「痛みと血、暴力と傷」を表現するだけの手段に留まらない思い入れを感じるのはきっと私だけではないはずです。世にボクシングの出て来るドラマや映画は数知れずあると思いますが、これほど強烈に「怖さ」を伴って描いた映像は見た事がありません。もちろん顔面をパンチすれば鼻血が出ます。頬を殴れば赤く腫れあがります。しかしその度合いが振り切っています。人の顔はここまで腫れあがるか?ここまで血飛沫を噴き上げるものか?という問いにリアルと虚構のギリギリを攻めて答えています。ボクシングの持つスピード感は塚本作品での音楽の多くを引き受ける石川忠が放つ激烈なノイズでブラッシュアップされ、サンドバッグを連打する男の気迫で大気が悲鳴を上げて振動するという嘘みたいな映像をより化け物じみた輪島功一の怪演によって現実感を持たせるいう離れ業。メンタルめっちゃ弱いくせに怒りによって鬼神のような強さを発揮する人間の二面性と不可解さ! 痛みを感じる事によって生命力に目覚め、タガが外れていく人間の潜在力と野性!!
あ! …R-15指定なので、そこそこグロいです。そこだけは前もってお伝えしておきます。
しかし語りつくせない魅力の詰まった映画です。
ナイフでもってどこを刺してもザラザラと砂が零れ落ちるサンドバックのように、どこを切っても魅力しか出てこない愛と暴力のサンドバッグ映画です。今思いつきました。



WOWOWでの放映が終わった後に言ってどうする、という気もするのですが、是非一度はこの映画を見て欲しいと心から思います。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。