死は悲しい。

アントン・ヴィクトロヴィッチ・イェルチンさんが亡くなられました。
かなりの衝撃です。
ご存知無い方も多いかもしれませんが、まだまだ若い、これからを期待された俳優さんでした。ロシアに生まれ、ハリウッドで活躍していた27歳のイケメン。27歳ですよ。本当にこれから、この先何十年と、素晴らしい映画に出て素晴らしい活躍をしてくれると、当たり前のように思っていましたし、本人ももちろんそのつもりだったと思います。死因は、自家用車と自宅の門に挟まれて亡くなっていたようなので事故だと思われます。
…あー。なんでしょう、この不思議な感覚は。
人の命って本当に分からない。
強いようで、あまりに脆い。
弱いようで、あり得ない強さを発揮したりもする。
私はつい先日命の誕生に立ち合い、そして今人の死を悼んでいる。
これは世界的な日常であり、今更嘆いた所で何か特別な発見があるわけでもありません。
しかし今こうして確かに感じる、たった一つしかない命に対する儚さを言葉にせずして、自分の暮らしや思いをこの先語ることは出来ません。



私は確かにアントンを見ていた。映画を通して、彼の表情や、言葉や、声を、感じていた。しなやかな癖っ毛。鼻にかかった特徴的で色気のある声と感情豊かな口調。自分の人生においてほんの短い時間でしかなかったけれど、確かに私はアントンを知っているし、ちゃんと見ていた。
その彼はもう、今この世にいない。


リメイク版「フライトナイト」も大大大好きですが、特別好きだったのが「オッド・トーマス」です。
白状しましょう。ヒロイン、ストーミー役のアディソン・ティムリンが好きで繰り返し見ているうちにアントンも好きになりました。もちろん主役はアントン演じるオッド・トーマスですが、ヒロイン役のアディソンとの掛け合い、好きなのはトーマスが働くダイナーでのシーンです。トーマスがカウンターの向こうから投げキッスをすると、ストーミーは横に並んで座っていた二人の良き理解者である警察署長の顔の前でワザとキッスをキャッチします。そして眉をひそめて一言「危ない」と言って自分の口に放り込む、という可愛らしい場面です。
好きなシーンは他にも色々ありますが、特にこの映画を好きになった理由が端的に表現されていて、とても気分が良くなります。見る度に心が少し暖かくなる、明るくなる気がするのです。
と言うのもこの映画、「オッド・トーマス」という名前の通り、主人公トーマスは「奇妙な」変わり者です。死んだ人の霊が見える上、死の気配に引き寄せられるボダッハという名の死神まで見えてしまう体質。そんな彼が自分の身の周りに起こる騒動を体当たりで解決していくお話なのですが、要するにそんな変わり者にも関わらず、トーマスが一切不当な扱いを受けず、めちゃくちゃ可愛い彼女がいて、自分のおかしな体質を理解し助けてくれる警察署長がお友達。そんな都合の良い話あるかよー、と思うわけなのですが、見ていて何故だか嫌味に感じません。俳優さんの演技なのか、脚本が優れているのか、単に深く考えない私が鈍いだけなのか、それは分かりませんが、映画を見ていて温もりを感じるのが事実なら細かい設定などどうでも良いのです。そんな素敵な人間関係を見てとれるので、上で紹介したダイナーでのシーンが好きだというのもありますが、それ以上にストーミーが可愛いからというのも大きな理由の気がします。
とまあなぜか最終的にアントンではなくアディソンの話になっていますが、…あー、…思い出すとやはり辛い。悲しい…。
こうして、好きな映画の「このシーンが好きで、こうこうこういう所がですねー」なんて話しているうちは世界を飛び越える事が出来て幸せなのですが、…現実へ帰ってくる事の残酷さよ。
これからも、何度だって彼の出演作を見る事は出来ます。
しかしその度、「巧いなー、いい俳優だなー」と思う度に悲しみがこみ上げてくるのだと思うと本当にやり切れません。



心からご冥福をお祈りします。