「言葉を残そう」

ブログ版非公開

映画について思う事。

ネットニュースなどを見ていると、BLOGOS内の記事をよく目にします。
そこで今日は気になった記事を読んでの自分なりの感想を書いていきます。感想と言っても記事の内容を精査するだけの取材力も執着心もないので、単純に読んでいて「ん?」と感じたことだけを書くので、読書感想文だと思って気楽に流してくださいね。

「このままでは日本のコンテンツ産業ガラパゴス化してしまう 」
という大見出しが付いていましたのでこれが記事のタイトルなのかな?主に映画産業について憂いている内容でした。
要約すると、昔の日本映画の市場は今より全然凄かった。世界第2位の規模だったのだが今や中国韓国台湾などの台頭に押されて大分ピンチだよ。という感じです。その規模が何千億ドルとか、人口何十億人とか、もうよく分からないです。いや分からないというのは話の内容ではなく、本当に映画を好んで趣味で見ている自分みたいな人間と、映画を産業として捉えてビジネス枠としてしか語らない人間との発想が違いすぎて、全然どうでもいいと思えてしまう事所にあります。
コンテンツ産業と言われるくらいだから映画もビジネスの一つなのだろうし、もちろんそこに関わりながら飯を食べている人がいる限り、お金の話は必要不可欠です。しかしコンテンツ内には他に本やゲームやアニメ、音楽などが含まれていますが、その中で映画だけが、今少しおかしな方向へ行ってるんじゃなかろうかと、今回の記事を読みながら改めて思っています。
そもそも、邦画と呼ばれるジャンル自体、世界規模で語る意味がないのではなかろうか、という思いがあるからです。
良質な映画が作られれば当然見たいと思うわけで、人々の好奇心や口コミが広がって、日本全体でヒットする。昔の日本には何本ものヒット作がありましたが、当時たまたま先進国内での世界市場と比べて遜色なく、なんなら世界第2位じゃないか、凄いね、という結果になったまでであって、世界に向けて作られた映画がヒットしていたわけではないのです。
今中国映画がどんどん市場を広げていると言いますが、それは単純に人口が桁違いに多く、国内だけでまだまだ伸びるポテンシャルを持っている、というのが理由です。アメリカのハリウッド映画が国外でもどんどんそのシェアを拡大した現象とは背景からして違います。そんなアメリカ、中国、日本を比べて、「規模がやばい」「市場拡大できない」「ガラパゴス化する」という話はナンセンスだと思います。
極論を言えば、邦画は日本人に向けて作られた映画です。だったはずです。それならば、世界基準に達しなくとも、産業規模が小さくとも、この島国内で良質な作品を作り続ければ、廃れるはずはないと思います(理想論だとは思いますが、規模を縮小することがデメリットだと考えていないので)。今の若い世代が映画嫌いということもないと思います。面白い映画があれば、絶対に見ます。人間はそういう生き物です。
ネット環境の整った部屋から飛び出てがっつり2時間拘束される上に1800円払う対価が映画にあるのか。
そこが一番大事な要素であって、市場の拡大や世界基準など二の次だと思います。
映画を製作するにあたって制作費の確保と回収は必須です。ヒットしなければ、次はないという現実問題もあると思います。今や制作費も昔とは規模が違うことでしょうし、国外にもどんどん輸出して資金を回収したい目論見もあるでしょう。ですがそこには大事な物が抜け落ちています。
「面白い映画が作りたい」という気持ちです。
映画はコンテンツでありビジネスでもあります。しかしそこに携わる人々以外の立場からすれば趣味です。もっと言えば娯楽です。視点を変えれば作り手の道楽だって良いはずです。誤解を恐れず言えば、今ある制作会社が全部潰れたとしても、本気で映画を作りたい人は自分でお金を使って作るでしょうし、それが面白ければヒットします。
どれだけお金をかけたか、どれだけスケールが大きいか、どれだけ国外でも通用するレベルに達しているか。
そんな事ばかりを考えているから、原作ありきのCGに塗れたゴミ映画しか出てこないのだと思います。
方やアニメ、ゲームなどは今後どうなるかは分かりませんが、これだけ世界に浸透した理由はすでに明白。面白いからです。言わずもがな、世界に向けて作られたわけではないオタクコンテンツ対して、世界の方から近づいてきた。本来はこれが正しい姿のはずです。今でもアメリカ映画に出てくる日本の姿は変ですし、きちんとした理解をされているとは思えませんが、日本を出してくれと言ってもないのにヘンテコながらも自分達の解釈であえて日本の姿を描いて作品に出している。それは単純に面白いし、ちょっと嬉しい。人間の心理って大体そうですよね。影響されるものって、頼まれなくても勝手に自分の中に取り込みますもんね。しかしいざ気になってみても、「はい、これどーぞ」と差し出された物には満足できず、自分でチョイスしたくなりませんか?それが例え変でも、間違っていても。
だからこそ、アメリカには白黒な上純度100の日本映画を好きだという俳優や監督がゴロゴロしています。黒澤明小津安二郎、あんな分かりにくい昔の映画を、心から好きだと言える外国人が、実際にいるわけです。それは日本が外国人向けに差し出した分かりやすい日本ではなかったのにです。では何故今日本の映画が海外から酷評されているのか。何故なら当の日本人ですら楽しめないレベルの最低な映画が溢れているからです。もし日本人が心から感動し、齧り付きで、目を見開いてスクリーンに釘づけにされていれば、放っておいても海外から寄ってくるんです。
映画市場世界第一位であるアメリカ人の代表する娯楽がハリウッド映画だ、と決めつける気は毛頭ありませんが、少なくともコンテンツ産業においてのアメリカ代表はハリウッドと言って差支えないと思います。しかし日本におけるコンテンツ産業の第一位は、映画でしょうか?お金の話はよく分からないので断定的な言葉は避けますが、こと内容勝負でいけば違うはずです。アニメ、ゲーム、マンガの方がよっぽど世界で戦えると思います。
そんな現状の邦画を前に、これ以上規模や市場やお金の話をしても、もうどうしようもないと思います。
ガラパゴス化?したらいいじゃないですか。日本人の、日本人による、日本人のための、面白い映画を作ってください。
世の中に氾濫する漫画原作をやめて、脚本家が脳髄を悩ませ、演者がオリジナリティ溢れる芝居を魅せ、監督が発狂しながら腕を奮い、誰も見たことのない映画を作ってほしいと思います。
配信権がどうとか輸出がどうとか、市場の話は一度忘れて、映画そのものの質の低下にもっと真剣に向き合ってほしいと思います。
これは誰かの謀略なのか?と思うほど、メディア化作品が多すぎる。
誰も望んでなどいないのに、待望の映画化?精々3割程度の内容で「完全映画化」?笑わせないで欲しい。漫画原作ファン、小説原作ファンは、ほとんど口を揃えて原作レイプと言い放ちます。作り手が手っ取り早くお金を稼ごうとしている魂胆が見え透いて、原作への敬愛が感じられない内容に辟易しています。漫画が売れた、イコール、映画化したら売れる!と、本気で思っているのなら、小学生以下です。原作世界を完全に再現する気力もお金もないのなら、やらなければいいだけの話なんですけどね。
本当に面白い映画というのは、その映画における根幹を思いついたたった一人の人間から始まります。それがやがて物語になり、どうしてもどうしてもどうしても映画にしたいと最後まで諦めなかった人間にだけ作れる作品だと思います。スケールの大きい小さいではなく、制作費の高い安いではない、「ココを見てほしい!ココ!」という監督や作家の熱意と我儘が詰まった映画だけを作り続ける産業へと変化できたら、邦画はもっともっと素晴らしい物になると思います。
そういう映画を一本でも多く見たいのです。