genre killer music vol.3 -ハードロック編②-

「その変動」
名前こそ今とは違うが中心メンバーによってバンドの母体が結成されたのは1977年、イギリスにて。生まれる前の話なので全然リアルタイムじゃないが、それだけ長い歴史を持つ最早大御所と言って良いハードロックバンド。現メンバー、ジョー・エリオット (Joe Elliott) (リードヴォーカル、アコースティックギター、ピアノ)、リック・サヴェージ (Rick Savage) (ベース、ヴォーカル)、リック・アレン (Rick Allen) (ドラム)、フィル・コリン (Phil Collen) (ギター、ヴォーカル) 、ヴィヴィアン・キャンベル (Vivian Campbell) (ギター、ヴォーカル)になってから既に20年以上経つので今更これを言っても仕方がないれど、彼らには2度黄金期がある。80年代初頭、音楽ライター伊藤正則をして「天文学的」と言わしめたセールスを叩きだした時期、そしてオリジナル・ギタリスト、スティーヴ・クラーク (Steve Clark)がこの世を去った後、後任についたヴィヴィアン・キャンベル以降の90年代。今でもよく聴く楽曲はやはりスティーブ時代の曲が多いけれど、ヴィヴィアンも素晴らしいギタリストに違いはない。長年今のメンバーで続いていることもそうだし、近年彼の作る曲もレップスに新しい風を吹き込んでおり、バンドが生きていく上で欠かせない血肉になっている事も事実だからだ。メンバーチェンジは2度。ファーストアルバムの時にはいなかったフィル・コリンが、アル中によって解雇されたピート・ウィリスの後に入り、そしてスティーブの後にヴィヴィアンが。30年以上の歴史あるバンドにしては少ないほうだと思う。バンドによっては一度抜けたメンバーが戻ってきたり、ボーカルがすげ変わって「別バンドやんけ!」という事も珍しくない世界だからだ。しかもその2度のうちスティーブに関してはこの世を去っての交代劇だから、アル中解雇のピートだけが唯一と言ってもよい。仲良しバンドと軽く言えないレベルの絆が彼らにはある。その凄まじさを物語るのが、レップスファンの間では忘れることの出来ないあの事故。オリジナルドラマーで最年少のナイスガイ、リック・アレンが交通事故により片腕を切断したのである。今でもPVなどで見れる若かりし(ほぼ少年に見える)アレンの両腕でのドラムプレイは、軽やかで、ポップで、元気が良くて、巧い。その彼が、ドラマーが片腕を切断したのだ。何せハードロックバンドで、そのキャリアはバンドとしては5.6年そこそこ。致命的とも言えた。しかしメンバーは彼の解雇など考えず、アレンの懸命な努力を見守り続け、ついに足を両手のごとく扱えるようになった彼をドラマーに据えたまま、復活を遂げる。そこからである。本当の意味で彼らの躍進が始まったのは。

「輝きの拡散」
アレンが事故る前から、バンドは売れ始めていた。名曲も既にリリースされている。3rdアルバム、「炎のターゲット」(Pyromania)がそれで、先行シングル「フォトグラフ」(名曲!)はマイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」と同時期に発売されたにも関わらず、MTVリクエストではMJを越えたという。ちょっと信じられない話だが、そのくらい急激に彼らの知名度は上がった。今レップスのベスト盤を作れと言われても、何曲かはこの3rdからチョイスしてしまうくらい優れたアルバムだと思う。特に「フーリン」という曲は、やはりスティーブの独特の音色とバンドの必殺武器であるコーラスが存分に味わえる必聴の名曲だと思う。2011年現在今だ色あせずガンガン聴ける。そしてアレンの事故を乗り越えて、4thアルバム「ヒステリア」(Hysteria)の発売。キタ、コレ。海外バンドでよくあるのが、アルバム発売後のシングルカット。よく聞くリリース形態なわけだが、この「ヒステリア」からはなんと7曲のシングルカットが発売となり、全米でチャートイン。売れに、売れた。この頃の売れ具合がハンパなく、「炎のターゲット」「ヒステリア」の2枚だけで3,500万枚以上売れたのだ。どこかのライナーノーツで伊藤氏が言ったことがある。「この時期からレップスにライバルと呼べるバンドがいなくなった。セールスだけを言えば、彼らと対抗しえるのはボンジョヴィでもガンズでもモトリーでもなく、マイケル・ジャクソンだけである」。実際その通りなのだ。「全米で、2作以上1000万枚を越えるセールスを持つのは他に、ビートルズピンク・フロイドレッド・ツェッペリンヴァン・ヘイレンだけである。(by wiki)」。あとラウンドステージ。これは記憶が定かではないので間違っているかもしれないが、今でこそよく見かけるラウンドステージ方式を最初に起用したのはこのデフ・レパードだと言われている。アリーナクラスでのライブが多い為、全てのファンに特等席を、というバンド側の愛情である。

「バンドの顔として」
ボーカル、ジョー・エリオット。クセのある濃い顔の男前。金髪長髪ウェーブ、というのは80年代多く見られたトレードマークだけれど、よく似合うんだなこれが。そして哀愁漂う大きな瞳。一番好きな曲は何かと聞かれて迷わず答える「Have You Ever Needed Someone So Bad」のPVでアップになる彼のご尊顔に、少年だった俺もヤラれた。格好良いのだ、誰がなんと言おうと、ジョーは格好良いのだ。クセがあると言えばその声。聞きようによっては高音部分はガンズのアクセル・ローズに負けず劣らず鼻声ジャウトになったりもする。一番似ているのはシンデレラってバンドのトム・キーファーかな。あくまで高音部分だけですけど。というかトムの方が後輩だから真似してるのか?それはないか。で、そのレンジは広くて、70年代から聞かれた高音のシャウトのみならず、囁くように歌う低音もまた素晴らしい。聞きすぎてそれが当たり前になってる分判断が出来ないけど、おそらくクセのあるボーカルには違いない。彼の書く歌詞もまた素晴らしいのだけれど、ジョー曰く、「歌っていて響きの良いフレーズをチョイスするのが好き」らしいので、ボーカリストとして遺憾なく力を発揮できる歌を自分で書いてるんだから、そりゃ巧いに決まってるわな。ノリの良いアップテンポも、パワーバラードも、低音も、絶品の声で歌いこなすマルチな才能の持ち主。そしてサッカー大好き(いらない情報)。ボーカルがジョーでなかったら、正直このバンドはこんなにも売れなかっただろうし、俺自身、ここまで聞き込んだかどうか分からない。曲のクオリティがもの凄く高いバンドなので、恐らくは売れたんだろうけど、「ここまで」というレベルに達したのはどうしたってジョーの力は大きい。スティーブという花形プレイヤーを抱え、ハイクオリティな曲を引っ提げ、強力なコーラスを巧みに操り、それでも尚バンドの一番の魅力と言えば、ジョーの歌声に他ならない。そう思えるボーカリストなのだ。

「if」
もし、スティーブ・クラークが今もギターを弾いていたら。今もレップスの花形としてブンブンギターを振り回して右腕を突き上げていたら。そんな「もしも」を考る。この世にもしなんてないけれど、ある人の言葉を借りるならば、たとえ「もし」がなくたって、CDや動画が存在する限り、その人は自分の周りを永遠に漂いつづける。色褪せないし、悲しくもない。だけどこれはどのバンドだってそうだろうけど、この人だから愛した、という部分も確かにあるわけで。ましてレップスの場合、スティーブの後を継いだヴィヴィアンの功績が凄すぎて、まったく別の完成形を成してしまった。時の流れもあるかもしれないが、若い彼らのファンは既にスティーブを知らないかもしれないし、今更知ったところで、モダンで華麗なるヴィヴィアンのプレイにこそ感動するのかもしれない。しかし何度でも言うけれど、もし今もスティーブが生きていたら、あるいはDEF LEPPARDは全く別のバンドになっていたように思うし、それを見たかった気もする。今でもそう思う事があるくらい、少年時代、スティーブのプレイに魅了されたのだ。そもそも、インストの曲はあまり好きではない。というか、そのスタイルにあまり意味を見出せない。クラシックや、ジャズなど、演奏そのものを聞かせる形式ならまだしも、バンドである以上、唄の無い曲なんてカラオケと何が違うというのか。今でもそう思う節があって、どうも好きなバンドのアルバムにインストの曲が入っていたりすると、損した気になるし、飛ばしてしまう。ただし、スティーブは別。贔屓と言われればそうかもしれないが、そこには理由があって。それは、スティーブのギターは「歌う」という事実。アルバム「High'n'Dry」に収録の「Switch 625」という曲は、まさに歌うギターを堪能できる名曲中の名曲。よくある「泣きのギター」なんかとは違い、アップテンポのロックンロールを、スティーブ主役で作り上げた最高のナンバー。一度聞いたら忘れられないリフの繰り返しで曲は進んでいくのだが、Aメロもあればサビも大サビもある。PVも存在するので是非見て欲しい。踊り、飛び跳ね、腕をぐるぐる回して彼のギターは歌う。そしてラスト、「ギャンギャーン」と掻き鳴らして彼は右腕を高らかに突き上げる。痺れた。生まれて初めてインスト格好良い、と思えた曲だし、これを超える一曲に今だ出会えない、というのは完全な贔屓だろうが。いやそれくらい格好いいのだ。こんな曲を書ける偉大なイケメンプレイヤーが、その後もこのバンドに寄り添い続けたならきっと、違う夢が見れただろう。そう、思わざるを得ない。ヴィヴィアンがダメとかじゃなく、スティーブが凄すぎた。語り継がれる名曲、「Bringin' on the Heartbreak」や「Photograph」を生み出したのも彼だ。ハードロック黎明期、王道を突き進むレップスに哀愁と新時代の予感をもたらした彼の功績は、いつまでも消えないだろう。


大御所になってしまった。レップスはいつまでも試行錯誤を繰り返し、「なんじゃこら!?」というビックリを仕掛けながらも彼ららしさを失わず、今もマイペースにアルバムを出し続けている。確かに昔ほどの勢いはないけれど、それは時代の先を行き、がむしゃらに走り続けていつしか時代に追い抜かれる宿命を持ったバンドマンだから仕方のないこと。それでも、彼らの曲がいつまでも世界中のキッズ達に愛される事に変わりはないだろう。今でも、ハードロックバンドの中では一番レップスを愛している。これからもずっと。