「言葉を残そう」

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なつかしのヤンキー

映画『ワルボロ』を見た。
悪夢探偵」シリーズでお馴染み松田龍平氏の弟君松田翔太君主演、ヒロイン・麗しの新垣結衣。テレビで活躍する所謂イケメンというものに興味がないのでドラマでの松田翔太を全然知らないで見たんですが、格好良いね、彼もね。狂気すら感じる兄・龍平氏とはまた似てるけど違う男前。明るさがあるからかね、役柄もあるけど溌剌としたオーラがあった。
原作も漫画版も未読。80年代東京は立川というこちとら全く馴染みのない設定なんですが、物語の基盤となるヤンキー抗争は大好物。ヤンキー、なんだろう、こう、ヤンキーって、懐かしいっすよね??俺の世代はもう現役バリバリのヤンキーってのは古くて、ダサくて、世間ではチーマーとかが出始めた頃(チーマーも古いな)。まだ探せばいたけど、メインストリームにはいなかった。というか、キャラクターとして逆に持て囃され始めた世代で、「湘南爆走族」とか「BE-BOP HIGH SCHOOL」が人気絶頂だった頃、格好いいなーと思ってた子供でした。その時代表舞台に出てきたヤンキーって生き物は、馬鹿で、どこか憎めないハンパ者、というイメージで、実際少年たちが喧嘩で命を落としたり、バイクで事故ったりという暗い一面を見せないようにしていたせいもあって、一般大衆にかなり受け入れられたように思う。今現代では名も無き少年達が理由も無いままに人を一杯殺す時代。暗いんよ、奴らは。本当はね、こんなこと言ってはならんのだけど、大好きなアニメを見ててスンゲー共感した台詞があって。
「死ぬなら一人で首でもくくれーっ」ってね。
死んだら駄目よ、そこで終わりだから。でもだからって他人を巻き込むな、自分の人生に。自分のケツは自分で拭いてくれ。と思えて仕方がない。
だってさー、なかなか映画の話に行かなくて申し訳ないけど、昔のヤンキー明るかったぞー?単に馬鹿だったんだけど。今みたいに無駄な知識だけつけて世渡りできない幼稚な奴ら違って、男とは、生きるとは、みたいなの、ズッシリ自分の中に据えて足掻いてた奴多かったもの。ちゃんと悩んでた、ちゃんと挫折してた。
今回『ワルボロ』見てそんな事思った。懐かしいし、この幼稚臭さ、青さが大好きなんですよね。今高橋ヒロシの「クローズ」や「ワースト」が人気あるのも、そこらへんをちゃんと抑えてるからなんだと思う。個人的にワーストは今ひとつなんですが、クローズは喧嘩だけじゃない、若い少年達の葛藤や友情がしっかり描かれていてね、そういう目を背けちゃいけない他人とのコミュニケーションの大事さ、難しさを描けている。
そういう点を見たとき、この『ワルボロ』は映画版「クローズ」より全然上じゃないかな、と思う。メインは他校との喧嘩に明け暮れる中学生の話なんだけど、でも一番この映画が語ってるのは、「大事なものってこういう事だろ?」っていう答えを登場人物たちがちゃんと出してる所なんよね。それが自分の病気と戦って、それでも負けじと前を向いて勉学に打ち込むガッキー演じる山田さんだったり、事故で死んだ弟に対して憧れの兄でありたいと自分を追い込むヤッコだったり、安定した未来よりも信じられる仲間を選んだ主人公板谷だったり。事の良い悪いではなくて、自分で悩んで、自分で答えをだす。そして8割馬鹿。この世界観が素晴らしい。これがリアルだよ。変に格好良く描かない。馬鹿は馬鹿で良い。でもそんな自分が歯がゆくて、悩んで、立ち向かう根性。うん、やっぱり好きだこの映画。
他校との抗争ってさ、正直怖いじゃない。面倒臭いし、痛いし。でもそれだけじゃないんだな。80年代の中学生、ってのもあるかもしれないけどさ、ちゃんと突き抜けずに踏みとどまってる。敵対する他校の生徒同志でも、きっかけさえあれば仲良くなって海辺で遊んだり出来る。このシーン良かった。すんごいリアルに見えた。こういうもんだったよ、確かに。噂ばかり先行してさ、あいつはヤバイ奴だ、なんて言われてても会ってみれば意外に良い奴だったりした。そういう出会いも確かにあった。多少の不安や恐怖感もそれを助けて、すんなり「お。おお、なんだ…、良い奴だな」って思えたりする。そこがリアル。こういうヤンキーの描き方って、今まで無かったなー。
ラストはやっぱり喧嘩で終わるんだけど、そこは何となく、格好良く終わりすぎてるなーと、ちょっと勿体無い気もしたけど、主役イケメンだし、仕方ないか?

ビー・バップ代表仲村トオルがヤクザ役で出てるのがすんげーツボだった。
ビーバー役の、初めて見る役者だったけど、彼が可愛かったな。一番好きなキャラかもしれん。